日本のウェブサイトを表示しています
ある顧客の購入頻度が、最近急に上がったとします。その顧客を「高価値顧客」と判断し、アプローチを強めるべきでしょうか。
ここで重要なのは、その顧客がもともと購入頻度や購入額の高い層なのか、それとも一時的に購入が増えているだけなのかを見極めることです。この違いを見誤ると、マーケティング投資の判断が難しくなります。本記事では、この2つをどう分けて考えるべきか、そして多くのCRMがなぜ今もその違いを捉えきれていないのかを解説します。
あるラグジュアリーブランドでは、会員制度を思い切って2段階だけに絞りました。
1つは、年間購入額が一定水準を超えた顧客。もう1つは、それ以外の顧客です。シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤモンドといった細かな会員ランクはありません。同業他社では5〜7段階のランクを設けることも一般的ですが、このブランドは2段階のみを維持しています。
一見すると、会員制度を十分に活用していないように見えるかもしれません。
多くのブランドでは、複数のランクを設けることで、顧客に次のランクを目指す動機を与えています。ランクが細かく分かれているほど、 継続的な利用や購入につながりやすくなります。 その意味では、会員ランクを2段階に絞ることは、こうした仕組みをあえてシンプルにしているようにも見えます。
しかし、このブランドは少し異なる見方をしていました。 顧客があるランクから別のランクへ大きく移動することは、実際にはそれほど頻繁に起こりません。むしろ日々変化しているのは、顧客の購入ベースや反応の変化です。
最近、購入頻度が上がっている。
以前ほど反応が見られなくなっている。
しばらく離れていた顧客が、また戻ってきている。
会員ランクが大きく変わる機会は限られていても、 顧客の関心や行動の変化は日々起きています。
それでも多くのCRMでは、会員ランクが上がった割合や、上位ランクへ移った人数、優良顧客として残っている割合などが重視されがちです。一方で、購入頻度や反応の変化など、日々起きている小さな動きを捉える視点は、十分に取り入れられていないことがあります。
この点を理解するには、「顧客ごとの傾向」と「一人ひとりに起きる変化」を分けて見ることが重要です。
まず、顧客ごとの傾向があります。 もともと購入頻度が高い人もいれば、それほど高くない人もいます。これは、その人の購入ペースやライフスタイルに近いもので、短期間のアプローチだけで大きく変えることは簡単ではありません。
もう一つは、一人ひとりに起きる変化です。 同じ顧客でも、ある時期は購入頻度が高まり、別の時期には反応が少なくなり、その後また戻ってくることがあります。ここで変わっているのは、顧客ではなく、その時々の状態が変化しているのです。
マーケティングで注意したいのは、この2つを混同してしまうことです。
たとえば、ある顧客の購入頻度が最近上がったとします。それを「もともと購入頻度や購入額の高い顧客だった」と見てしまうと、その顧客へのアプローチをさらに強める判断につながるかもしれません。しかし実際には、何らかのきっかけで一時的に購入が増えているだけかもしれません。数カ月後には、以前の購入ペースに戻る可能性もあります。
同じデータでも、どう解釈するかによって、次に取るべきアプローチは変わります。 一時的に購入が増えているだけなのに、それをその顧客本来の傾向だと見てしまうと、必要以上にアプローチを強めてしまうことがあります。一方で、一時的な変化として捉えられれば、その変化が続いているのか、元の状態に戻りつつあるのかを見ながら、適切なタイミングで対応できます。この違いを見分けることが、マーケティング予算をより効果的に使うための第一歩になります。
この考え方自体は、決して新しいものではありません。
1959年には、統計学者のEhrenbergが、顧客によって購入頻度が異なるという考え方を数学的に示しました。1982年には、Greeneがこの考え方を、顧客ごとに異なるペースで購入行動が表れると説明しています。
顧客の購入行動を時間の流れで見てみると、一人ひとり異なるペースで動いていることがわかります。頻繁に購入する顧客もいれば、しばらく動きが見えない顧客もいます。企業が確認できるのは、顧客が実際に購入したタイミングだけです。
そのため、購入履歴だけで顧客のすべてを理解することはできません。購入履歴は、顧客の行動の一部がデータとして残ったものにすぎないからです。
従来のモデルは、購入頻度が高い顧客と低い顧客を見分けることには優れていました。 一方で、同じ顧客の関心や購入ペースが途中で変わることまでは、十分に捉えきれない面がありました。つまり、その顧客の基本的な購入傾向は見えても、関心が高まりつつあるのか、離反の兆しが出ているのかまでは見えにくかったのです。
Greene自身も、こうした限界を認識していました。当時の手法では、同じ顧客のペースが途中で変わるような動きを十分に扱うことが難しかったのです。
その後、2008年にはNetzerらの研究により、顧客が複数の状態を行き来するという考え方を取り入れた分析手法が示されました。いわゆる隠れマルコフモデルを用いたアプローチです。 この考え方では、同じ顧客でも、ある時期は低頻度の状態にあり、別の時期にはよりアクティブな状態へ移ることがあると捉えます。そして、その状態の変化を購入行動の流れから読み取ろうとします。
さらに2018年には、Ascarzaの研究が重要な示唆を与えました。システム上では「今後購入しなくなる可能性が高い」と判断された顧客であっても、引き止めのアプローチが必ずしも有効とは限らないという点です。場合によっては、アプローチを強めても結果が変わらない顧客もいます。
1959年以降、研究は少しずつ発展し、それまで見えにくかった顧客の変化を捉える方法が補われてきました。一方で、実務で使われている多くのCRMでは、顧客が今どのランクにいるかは把握できても、関心が高まりつつあるのか、離れつつあるのかまでは見えにくいことがあります。
ここで、ある顧客の実際の動きを見てみます。ここでは、この顧客を「847」と呼びます。
24カ月分の購入履歴を、一般的なRFM分析で見ると、この顧客は最初から最後まで「安定した低頻度顧客」と分類されていました。20カ月以上、ランクに変化がありません。 しかし、時間の流れを考慮するモデルで同じデータを見ると、別のストーリーが見えてきます。最初の13カ月間は、確かに大きな動きがありませんでした。ところが14カ月目に、通常とは少し異なる購入が発生します。その後、状態は少しずつ上向き、最終的にはよりアクティブで購入頻度の高い状態へ移っていきました。
一方、RFM分析では、17〜18カ月目になり、高頻度の購入が何度か積み上がってから、ようやくランクに変化が発生しました。つまり、時間の流れを捉えるモデルは、RFM分析よりも数カ月早く、同じ変化に気づくことができたのです。
これは、単にモデル精度が数パーセント改善するという話ではありません。同じデータを見ていても、どのような視点で分析するかによって、観察できるストーリーが変わるということです。特に顧客の変化が始まるタイミングを捉えられるかどうかは、次のアプローチを考えるうえで大きな差をもたらします。
では、AIはここでどのような役割を果たすのでしょうか。 率直な話、どれほど高度なモデルであっても、顧客が持つ傾向そのものを変えることはできません。もともと購入頻度が低い顧客が、AIモデルを導入しただけで急に頻繁に購入するようになるわけではないのです。
AIの価値は、一人ひとりの変化をより早く、より正確に捉えることにあります。
顧客の変化を、どの段階で把握できているか。
キャンペーンによって実際に増えた売上はどの程度あるか。
その一方で、キャンペーンがなくても発生していた売上はどの程度含まれているか。
こうした点を見極めることで、企業は本当にアプローチすべき顧客やタイミングに集中しやすくなります。
自社のCRMやマーケティング活動を見直すうえで、確認しておきたいポイントは次の3つです。
1.自社で「価値の高い顧客」としている顧客は、本当にそう言えるのか。
その顧客は、もともと購入頻度や購入額が高い傾向にあるのでしょうか。それとも、キャンペーンや何らかのきっかけによって、一時的に購入が増えているだけなのでしょうか。確認する方法はシンプルです。購入率や購入頻度を時系列で見てみることです。高い水準で安定しているのか、それとも時期によって大きく変動しているのかを見るだけでも、見え方は大きく変わります。
2.顧客が離れていく兆しを、事前に把握できているか。
昨年、実際に購入しなくなった顧客を振り返ってみてください。 その顧客について、自社のシステムは数カ月前から変化の兆しを捉えていたでしょうか。それとも、購入しなくなった後にレポートで確認しただけだったでしょうか。 顧客の変化は、後から確認するだけでは十分ではありません。事前に把握し、次のアクションにつなげられてこそ意味があります。
3.キャンペーンによって、実際にどれだけ売上が増えたのか。
キャンペーン後に売上が増えたとしても、そのすべてがキャンペーンの成果とは限りません。 キャンペーンによって実際に増えた売上はどの程度あるのか。一方で、キャンペーンを行わなくても発生していた売上はどの程度含まれているのか。両者を分けて見る必要があります。 コントロールグループを設けていなければ、キャンペーンによる純粋な効果を見極めることは難しくなります。見かけ上の成果と、実際の成果を分けて考えることが重要です。
これらの問いは、感覚ではなくデータで確認できます。ただし、この3つすべてに明確に答えられる企業は多くありません。だからこそ、CRMやマーケティング活動を見直す余地があります。
最後に、冒頭のラグジュアリーブランドの例に戻りましょう。 同社が会員ランクを2段階に絞ったのは、単に制度をシンプルにするためではありません。顧客ごとに購入の傾向が異なることを前提に、まれにしか起こらないランクアップだけを見るのではなく、一人ひとりの変化に目を向けるためでした。 重要なのは、顧客が「今どのランクにいるか」だけではありません。 その顧客の関心が高まっているのか、それとも少しずつ離れつつあるのか。次にキャンペーン結果を見るとき、CRMダッシュボードを確認するとき、あるいは新しい分析ツールの提案を受けるときには、ぜひこの問いを思い出してください。
それは、その顧客がもともと持っている傾向なのか。 それとも、一時的な変化なのか。 この違いを見分けられるかどうかが、これからのCRMやマーケティング活動の成果を大きく左右します。
※本文中の顧客事例は匿名化されています。
参考文献
1959 Ehrenberg, A.S.C. (1959). The pattern of consumer purchases. Applied Statistics.
1982 Greene, J.D. (1982). Consumer Behavior Models for Non-Statisticians: A River of Time.
1987 Schmittlein, D.C., Morrison, D.G., Colombo, R. (1987). Counting your customers: Who are they and what will they do next? Management Science.
2005 Fader, P.S., Hardie, B.G.S., Lee, K.L. (2005). 'Counting Your Customers' the easy way: An alternative to the Pareto/NBD model. Marketing Science.
2008 Netzer, O., Lattin, J.M., Srinivasan, V. (2008). A hidden Markov model of customer relationship dynamics. Marketing Science.
2010 Sharp, B. (2010). How Brands Grow: What Marketers Don't Know. Oxford University Press.
2018 Ascarza, E. (2018). Retention Futility: Targeting High-Risk Customers Might Be Ineffective. Journal of Marketing Research.